COLNAGO

創業63周年を迎えるイタリアの自転車メーカーでこれまで140以上のチーム、より7000以上の勝利を挙げてきた。自転車競技の歴史の一部となるまで発展を遂げてきた。

転機

1954年、コルナゴ63年のヒストリー、すべてはここから始まった。ロードレースの選手として将来有望と嘱されたエルネストコルナゴは、落車による骨折で選手生命を絶たれる。 その後はメカニックとしての人生を歩み始め、カンビアーゴに自らの店をオープンする。 (右は弟のパオロ)  技術を公に認められたエルネストは、当時破竹の勢いで活躍していたプロロードレースチーム「モルテニ」のメカニックとして、その手腕を発揮するかたわら、「史上最強の選手」と後に謳われることになるエディー・メルクスに自作のフレームを提供する。 

栄光の時代

1982年、19歳という異例の若さでプロ入りしたジュゼッペ・サロン二は、1979 年のジロ・デ・イタリア初優勝を皮切りに、後にサロン二カラーと呼ばれる赤いマスターでこの年の世界選手権優勝を優勝。 その後、数々の大レースにおいて勝利を量産。 コルナゴを最強ブランドへと押し上げた。 その後もジュゼッペ・サロンニをはじめとするスター選手がこぞってコルナゴのマシンの使用を求め、数多くのプロチームに供給されるフィードバックにより、ますますその機能と美しさに磨きをかけていった。

フェラーリとのコラボレーション

1980年代の後半、コルナゴは、レーシングカーを代表するブランド、フェラーリとのカーボンファイバーを使った共同開発プロジェクトにおいて、さらにその輝きを証明されることとなる。 そうしたフェラーリとのコラボレーションを踏襲する中、バイオメカニクス的な理論とフィードバック、最先端素材加工技術の融合により、「伝説の有機体」と呼ばれたカーボンフレームの傑作C35が誕生した。 その技術は現在のカーボンフレームの中で最もパフォーマンスが高く最も美しいといわれるC40,C50の系図につながるものである。 そして2000年、フェラーリとのコラボレーションの集大成CF-1を発表。

新たなる挑戦

2010年、日本を代表するロードレーサーである新城幸也(現チーム・ヨーロッパカー)が所属するブイグテレコムへの供給が決定。 この年のジロ・デ・イタリアで日本人最高位のステージ3 位、ツール・ド・フランスではステージ6 位、世界選手権ロードレースでは9位に入る快挙を成し遂げる。

「再びレース最前線へ」
UCIロードレースカテゴリー最高峰に位置するワールドツアーに加盟した「UAEチームエミレーツ」へ機材供給を開始。
ジロ・デ・イタリアにおいてヤン・ポランツェがステージ優勝、ツール・ド・フランスではメインティスが個人総合8位の成績を残す。

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